こんにちは。

一応私は、自ら発達障害であることをカミングアウトしていますが

だからと言って、多くの方々にその特性や生きづらさを理解してほしい、とは思っていません。

このブログも、日常のことを面白おかしく書きたいから書いているのでありますし(それが大変だと思うこともありますが・・・)

傲慢な気持ちになったり、変な要望を求めるつもりもありません。

 

もちろん、理解し合える環境や人間関係が作れれば、それがベストです。

しかし、自分が他の人のことを理解しきれている訳でもないのに、周りの人からは自分だけを認めてほしいと思うのは、お門違いもいいところです。

加えて、言うまでもなく精神障害や発達障害を抱えている人みんながそう考えているわけではありません。

これはどちらかというと、数年前までそう思っていた自戒の意味を込めて書いています。

 

さて、ここからが本題です。

誰だって、得意なことや好きで頑張れることがあって、その逆に生きづらさやコンプレックスを抱えていると思います。

また、人間ですから、どうしても苦手な相手や対人関係の好き嫌いはあります。

 

ただ、現代社会という観点から見ると、いわゆる障害を抱えた人は 何らかの形でそこからはみ出してしまうことが多少なりともあり、それが挫折経験やトラウマ、二次障害に陥ってしまうことも珍しくありません。

 

そこで、私が今の情報化社会で手に入れた話によると、かつての自分のように、極度の生きづらさを抱え「自分が他の人と違う」という自覚を持つに至るケースが増えているとも聞きます。

 

これは、大局的にみると誰が悪いというものでもないような気がします。

(もちろん、いじめや虐待、犯罪の被害など、個々のケースでひどい仕打ちを受けたパターンは違います。あくまで一般論的な意味で。)

私はこう考えます。

いわゆる普通」という既成概念が悪いのだと。

 

私は大げさでも皮肉でもなく、この「普通」という概念がわかりません。

物心ついた時から、「普通」の人なんて、自分と同じくらいの年齢の子から大人まで、全くいませんでしたし、もちろん今に至っても発見したことがありません。

けれど、私たちの身のまわりでは、よくこの「普通」という言葉が使われます。

 

【普通そうする】【普通ありえない】【普通の人だったら】--

 

でもおかしいです。

 

皆さんの周りでも、普通の人なんているのでしょうか?

そして何より、自分は至って普通の人間だと豪語できる人生を送ってきたでしょうか?

 

もし、自身または他人の誰かが「普通」という概念に一人でも当てはまると断言できるのであれば

それはその人にとっての「普通」であり、本質的な意味での「普通」ではなかったりします。

 

ここまでなら何ら問題はない気はしますが

こう言った「普通」を豪語する一部の人間は(なんかこの時点で普通じゃない)、ADHDや病人、障害者に関わらず

他人に対する差別意識が強すぎる人間が多いと思うのは気のせいでしょうか。

 

私は、いわゆる「どこにでもいるような普通の人間」こそが、一番最悪な人間だと思います(そして、実際にそんな人間は、前述の通り実質的には存在しないと思います)。

なのに何故、「普通」がこれほど好まれるのでしょう。

ただ強きに媚びへつらい、弱きを挫くためでしょうか。

それとも普段は社会や政治のせいにするくせに、いざ何か自分の身に起きたら、他人やお上を頼るつもりなのでしょうか。

もちろん、それは本質的な意味で「普通」ではありません。

ただの理不尽です。

 

ただし、上記にも書いた通り、私は幸運にも、そんな理不尽の塊のような「普通」の人間を見たことはありません。

繰り返しになりますが、悪いのは、存在するはずもない「普通の人間」ではなく、「普通」という隠れ蓑の中ではどんな卑劣なことをしても許されるといった概念だと思います。

 

障害も病気も、生い立ちも能力も、優劣があるからと言って、その人或いは特性を理解しろとは決して言いません。

でもこれだけは言いたいです。

『普通』なんて絶対ありえない」

と。

 

間違えることや、しくじることは、誰にだってあるのに

そこに「普通」という傲慢さを掲げて、人格を否定されたり攻撃されたりして、良い気持ちになる人はいません。

それこそ本質的な意味での「普通」ではないです。

 

もし、それでも「普通」がイチバン、「普通」でなくてはならない、と考える人がいるのであれば

その考えこそが最も間違っていて、他人も“自分”も傷つけることだと、私は思います。

 

 

 

 

 

 

 

・・・と、今日はここまで、こんなことを書いてきた理由としましては

つい先日、もうすぐ辞める会社の上司から「お前は『普通』でない変な人間だから人生うまくいかない」と言われて傷ついたことが原因だったのでした。

 

それにつけても

ただの私怨や愚痴吐きに、ここまで読んで下さった人につきましては、なんとお礼を申し上げて良いのやら。

多くの人に支えられるだけでなく、いつか自分の生き方や文章が、良い影響を与えられるようになれれば、と思います。